9月になると

ギターを始めて間もない中学2年の頃、
担任の先生が体調不良のせいもあり
我々が3年生になるのを待たず学校を辞めることになった。

当時脱線していた自分は、
この先生のおかげでギター(音楽)を始める事ができた。

先生は我々の興味がある本・雑誌を購入する為の資金を自分の財布から出し、
クラスの皆に買いに行かせ、
その買った本・雑誌は教室の棚に並べられた。

先生が辞めてしまう、との事で自分たちが企画したのか、
それとも先生が我々に自分を表現する機会を与えてくれたのかは曖昧な記憶になってしまったが、クラスで「お楽しみ会」なるものを先生が辞める前にやったのを憶えている。

自分は20ワット程度のギターアンプや、
比較的出力の大きいラジカセを持ち込み「にわかDJ」「にわかライブ」をおこなった。

1983,4年当時、自分達の周りはヘヴィメタルが席巻していた。
また、RAPミュージック(HIP HOP)が日本で紹介されて間もない頃。
俺はどっちの音楽にも当時かなり影響を受けた。
オジーやグランドミキサーDstも来日したし、
RUN DMCとエアロスミスが共演したり、
今でも大好きなジェームス・ブラウンがアフリカ・バンバータとレコードを作ったりしてた。
実際、自分はギターを始めたものの、
ヘヴィメタルのギターが弾けなければバンドも一緒にやる奴がいない、といった状況。

その「お楽しみ会」で自分はヴァンヘイレンの「暗闇の爆撃(Eruption)」という
ソロギターの曲を完コピして披露した。
それは同級生のヘヴィメタル・キッズやギターをやっていた連中からはウケた。

が、
自分の後、友人が当時流行っていたアルフィーの「星空のディスタンス」を
ギターで披露したところ多くの同級生が大合唱になった。
それは俺の「Eruption」より物凄くウケた。
先生もギターを弾いていた人ということもあり
お楽しみ会の後、俺の演奏をかなり褒めてくれた。
当時、自分が少し認められたような気がして嬉しかった。
あれから25年たった。
あの先生、今頃どうしているのだろう、と思った。